安楽死を肯定すべき理由① 要点整理
安楽死の制度化・環境整備をめぐっては様々な議論があると思いますが、基本的に肯定すべき理由は簡潔明瞭である一方、反対論は詭弁である点が多いと思われます。まず肯定すべき理由を整理し、必要に応じて別稿で掘り下げたいと思います。
1.医療で解決することのできない耐え難い苦痛から負担なく解放される唯一の選択肢である。
多くの難病は本質的に解決できない苦痛や障害を呈します。又、難病でなくても、患者数の多い末期がん等でも、余命確保が厳しい中で様々な疼痛や苦痛が生じます。更に、現代医療では救命することばかりに重きが置かれ、患者がいかにトータルでの苦痛なく人生を終えられるかという視点が欠けており、苦痛の除去やQOL改善の医療手段は手薄です。こうした状況を踏まえ、安楽死は適切なオプションを患者に提供することになります。
2.自殺を減少させる。
安楽死のオプションがあると、難病に苦しむ患者も、最終的に安楽死によって呼吸困難等の死に近づく重篤な症状を回避できる可能性が高まるという基盤ができるため、そうした状況を想定して早めに自殺する人が減ります。現に、安楽死の導入でスイスでは病苦による自殺者数が減っている統計があります。
3.自己コントロール感を高め、人生を豊かにする
安楽死のオプションがあるということは、一般的な自殺のように未遂率や後遺症が残るリスクが高い方法でない形で、人生の最期のあり方にコントロールを効かせられることになります。呼吸困難等の大きな苦痛を回避できる余地が高まることで、不安感・恐怖感・ストレスが減り、病気全体の進行や自律神経の安定に直結します。こうした要素を通じて苦痛への対応で消耗する気力を前向きに充てることができ、人生が豊かになります。
4.人間の本能とも理性とも整合する
解決不能な苦痛を避け、あくまでも安らかに生きたいという人間の本能に整合するのは上述のとおりです。一方、人間には合理的精神を支える理性があります。全ての人間は自らの意思に関係なくこの世に生まれ落ち、強制的に肉体等の条件を決定されています。病気のリスク等を承諾して生まれてくる人はいないので、それにも拘らず病気に伴う著しい苦痛を耐えなければならないというのは完全に不公正な構造になっているのです。従って、病気の十字架を勝手に背負わされた人生となっている以上、せめてこの世から退場する部分だけでも安楽死によって本人が判断できるというのは、不公正な構造を少しは是正するもので、人間の理性と整合することになります。
次回は、安楽死反対論に対する反論を述べていきたいと思います。